ADHDの長男、パニック持ちの長女、グレーゾーンの次男を育てる茶トラがADHDや不登校、起立性調節障害、etc...エピソードをご紹介します★

【ADHD】子供の発達障害を受け入れられない母親

ADHD

はい、それは私でした。

一人目で手探りだから子育てが大変なんだと思っていました。詳しいエピソードは改めて別の記事で書こうと思いますが、ADHDがポピュラーな障害になり特性を簡単に知ることができる今、長男育てを振り返って感じることは「やっぱり普通じゃなかったな」です。

診断されて服薬して無事に就職できた今だから穏やかに考えられることですが、とにかく本当に大変でした。何が大変だったかはブログ1ページでは語りきれません。

最初はどこにでもいる「元気な子」「やんちゃな子」だったんです。長男は比較的軽度な方なので、小学生まではそう思っていました。

私達の子供の頃にもクラスに1人、2人はいましたよね?宿題をよく忘れてきたり、机の中が汚い、物をよく無くす。長男は運動と勉強ができるのび太でした。(勉強できると言ってものび太よりという意味)

ADHDも軽度な子は本当に分かりにくいです。ましてや今から10年以上も前には「発達障害」や「ADHD」なんて普通に生活していると触れる機会のない言葉だったし、もちろんそんな知識も皆無。

長男が小学校高学年くらいの頃「アスペルガー症候群」や「自閉症」という言葉を初めてテレビで聞いたのを覚えています。

長男も発達障害について、テレビやネットで少しずつ知識を持つようになり自分と重ねるようになったようです。そしてある時「俺これじゃない?」「俺は普通じゃないと思う」「病院に行きたい」と言い出しました。

これが中学3年生で受診をするきっかけとなった出来事です。

ただこの1年前?くらいから私はどこかで「もしかしたら…」という気持ちがありました。というのも、中学2年で不登校になったり、夜尿症だったり、反抗期が酷かったりと、悩みがある時にインターネットで色々調べる中で発達障害やADHDの知識が少しずつ増えてきたからです。

しかし結局、体験談やブログでも個人差があったり、重度やアスペルガーのエピソードでは当てはまらなかったり。「うちの子これだ!」っていう決定打はありませんでした。でも今だから言えます。私はこの頃受け入れたくなかったのだと思います。発達「障害」という言葉が怖かった。

長男は特性を活かして大企業に就職しましたし、ADHDの方が特性を活かして素晴らしいお仕事についているのも知っています。ただ当時はとにかく知る術が無かった。

自分の子供が障がい者なんて。この子の人生どうなるんだろう。まさかうちの子に限って。

ずっとこう思っていました。受診が決まってもなかなか腹を据えることが出来なくて、当日までずっと落ち着きませんでした。

「受診をすれば正常なことが分かる」という気持ちで受診したのです。結果、ADHDと診断されてました。でも私は良かったと思っています。そうじゃないと、きっと今の長男はいないと思うから。服薬していなかったら学校にも行けないままだっただろうし、高校受験も失敗していたと思います。

むしろもっと早くに受け入れることができて、早く受診を考えていたら辛い中学時代を過ごさなくて済んだのかもしれない、と申し訳なく思います。

お子さんの発達障害を認めるのが苦しい親御さんの気持ちはよく分かります。でも我が家のように受診してADHDを受け入れることで、苦しみから解放される家族もいるということを伝えたいです。

 

👇応援にクリックしていただけると嬉しいです👇

にほんブログ村 子育てブログ 発達障がい児育児へ

コメント

タイトルとURLをコピーしました